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福岡地方裁判所 昭和60年(ワ)3017号 判決 1988年4月26日

原告

岡本敏雄

原告

中村直人

右両名訴訟代理人弁護士

西田公一

田邨正義

石井将

被告

日本国有鉄道清算事業団

右代表者理事長

杉浦喬也

右訴訟代理人弁護士

秋山昭八

平井二郎

右訴訟代理人職員

荒上征彦

川田守

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告らが被告に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は、原告岡本敏雄に対し昭和五七年一二月一日以降毎月二〇日限り一か月金二四万一五〇〇円の割合による金員を、同中村直人に対し昭和六〇年一一月一九日以降毎月二〇日限り一か月金一八万〇七〇〇円の割合による金員をそれぞれ支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第2項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(一)  被告は、もと日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)と称し、日本国有鉄道法(以下「国鉄法」という。)に基づいて設立された公共企業体であったが、昭和六二年四月一日、日本国有鉄道改革法一五条、同法附則二項及び日本国有鉄道清算事業法附則二条により、日本国有鉄道清算事業団と改称した。

(二)  原告岡本敏雄(以下「原告岡本」という。)は、昭和二〇年二月五日国鉄に雇傭され、同五七年一一月当時筑前前原駅運輸指導係の職にあった。

(三)  原告中村直人(以下「原告中村」という。)は、昭和四四年四月一日国鉄に雇傭され、鳥栖駅の構内指導係として勤務したのち、同六〇年三月以降九州総局に勤務していた。

2  被告は、原告岡本は昭和五七年一一月一五日付けで、同中村は同六〇年一一月一八日付けで、いずれも公職選挙法(以下「公選法」という。)一〇三条一項、国鉄法二六条二項本文及び同法二〇条一号により国鉄職員たる地位を失ったと称して、これを争っている。

3  原告岡本の昭和五七年一一月当時の賃金月額は二四万一五〇〇円であり、原告中村の昭和六〇年一一月当時の賃金月額は一八万〇七〇〇円であって、賃金支払日はいずれも毎月二〇日であった。

4  よって、原告らは被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認と、原告岡本につき昭和五七年一二月一日以降毎月二〇日限り一か月金二四万一五〇〇円の割合による、原告中村につき同六〇年一一月一九日以降毎月二〇日限り一か月金一八万〇七〇〇円の割合による各賃金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1、2の各事実はいずれも認め、同3は争う。

三  抗弁

原告岡本は、昭和五七年一一月一四日実施の糸島郡前原町議会議員一般選挙に立候補の届出をし、同月一五日同町選挙管理委員会から当選人決定の告知を受けた。また、原告中村は、昭和六〇年一一月一七日実施の鳥栖市議会議員一般選挙に立候補の届出をし、同月一八日同市選挙管理委員会から当選人決定の告知を受けた。

しかし、国鉄法二六条二項は「第二十条第一号に該当する者は、職員であることができない。但し、市(特別区を含む。)町村の議会の議員である者で総裁の承認を得たものについては、この限りでない。」と定めているところ、同法二〇条一号は「国務大臣、国会議員、政府職員(人事院が指定する非常勤の者を除く。)又は地方公共団体の議会の議員」というものであるから、町議会の議員及び市議会の議員が兼ねて国鉄職員であることができないことは明らかである。そして、公選法一〇三条一項は「当選人で、法律の定めるところにより当該選挙にかかる議員又は長と兼ねることができない職に在る者が、第百一条第二項(当選人決定の告知)又は第百一条の二第二項(名簿届出政党等に係る当選人の数及び当選人の決定の告知)の規定により当選の告知を受けたときは、その告知を受けた日にその職を辞したものとみなす。」と規定しているところ、右にみたとおり、国鉄職員は「法律の定めるところにより・・・・議員又は長と兼ねることができない職に在る者」にあたるから、原告らは、各々右当選人決定の告知を受けた日に国鉄の職員を辞したものとみなされることとなったものである。

四  抗弁に対する認否及び原告らの主張

抗弁前段の事実は認め、後段の主張はすべて争う。<以下、省略>

理由

一被告がもと国鉄法に基づいて設立された公共企業体であり、昭和六二年四月一日をもって日本国有鉄道清算事業団と改称したこと、原告岡本が昭和二〇年二月五日国鉄に雇傭され、同五七年一一月当時筑前前原駅運輸指導係の職にあったこと、原告中村が昭和四四年四月一日国鉄に雇傭され、鳥栖駅構内指導係として勤務し、同六〇年一一月当時九州総局に勤務していたこと、被告が、原告岡本については昭和五七年一一月一五日付けで、同中村については同六〇年一一月一八日付けで、いずれもその職員たる地位を失ったものとして取り扱っていること、以上の事実は当事者間に争いがない。

二当事者間に争いのない事実及び公知の事実に加え、<証拠>を総合すると、以下の事実が認められる。

1  国鉄法二六条二項は、「第二十条第一号に該当する者は、職員であることができない。但し、市(特別区を含む。)町村の議会の議員である者で総裁の承認を得たものについては、この限りでない。」旨定めており(同法二〇条一号に該当する者とは「国務大臣、国会議員、政府職員(人事院が指定する非常勤の者を除く。)又は地方公共団体の議会の議員」である。)、要するに、地方公共団体の議会の議員のうち市(区)町村の議会の議員については、国鉄職員との兼職の可否を総裁の承認の有無にかからしめているところ、同項但書は昭和二九年の改正(議員の発議による。)によって加えられたものであり、右改正前においては、地方公共団体の議会の議員のうち、町村議会の議員については無条件に兼職を認め、その余の議員については一律に兼職を禁止する旨定められていた。

2  国鉄の部内規程たる昭和三九年一二月一〇日総秘達第三号「公職との兼職基準規程」は、職員が市(区)町村の議会の議員に立候補した場合には、所属長に立候補届を提出することとし(三条)、また、当選して兼職を希望する場合には所属長に兼職の承認願を提出してその承認を受けなければならず(五条)、その場合、所属長は、現場長その他これに準ずる一人一職の職にある者又は業務遂行に著しい支障があると認めたときは、その承認をしてはならない(六条)ものとしていたが、国鉄は、昭和五一年四月七日付け総裁室秘書課長事務連絡(「公職との兼職の取扱いについて」)により、右の承認の可否についてその都度総裁室秘書課長と合議をしたうえ決定することとした。なお、そのころ、実際に、右の承認願の提出後承認の通知までに数か月を要した例があった。

3  原告岡本は、昭和四二年四月二八日、同四九年一一月一七日及び同五三年一〇月二二日にそれぞれ実施された糸島郡前原町議会議員選挙に立候補・当選し、その都度総裁の承認をうけて、合計三期一二年にわたり、国鉄職員を兼ねつつ同町議会議員をつとめた。また、原告中村は、昭和五二年一一月二七日実施の佐賀県鳥栖市議会議員選挙に立候補・当選し、国鉄総裁の承認をうけて、以後二期八年にわたり、国鉄職員を兼ねつつ同市議会議員をつとめた。

なお、国鉄は、昭和五五年一二月一一日第七三九号(通達)により同月一日以降、承認は、原則として一年間の期限を限ってなされるが、兼職業務の改善要請をする場合がある旨定めていたが、原告らはいずれも右の改善要請を受けたことがない。

4  国鉄は、昭和三九年度に欠損を出してから、その経営状態は悪化の一途をたどり、同五五年度には欠損の額が一兆円を超えるという極度の危機的状態に至った。このような状況下で国の助成金も年々増加していたが、これは国の財政を大きく圧迫するものとなっていた。

右のような国鉄の状態については強い社会批判が寄せられ、労使関係を含めた国鉄の経営の改善が求められていたところ、臨時行政調査会は、昭和五七年七月三〇日の「行政改革に関する第三次答申」において、国鉄経営の健全化を国家的急務とした上で、その方策としては分割・民営化をとるべきものとするとともに、新形態(分割・民営化)までの間緊急にとるべき措置の一項目として「兼職議員については、今後、認めないこととする。」ことを求めた。そして、右答申の趣旨に沿って、昭和五七年九月二四日の「日本国有鉄道の事業の再建を図るために当面緊急に講ずべき対策について」と題する閣議決定においても、「兼職議員については、当面認めないこととする。」との一項が掲げられた。

5  右4記載の状況に鑑み、国鉄は、昭和五七年九月一三日総秘達第六六六号「公職との兼職に係る取扱いについて(通達)」を発し、「国鉄のおかれている厳しい現状にかんがみ、今後、当分の間」として、同年一一月一日以降新たに又は改選により公職の議席を得た者に対しては兼職の承認は行わないことを明らかにした。

6(一)  原告岡本は、昭和五七年一一月一四日実施の糸島郡前原町議会議員一般選挙に立候補の届出をしたが、国鉄は、国鉄門司管理局長名による同月八日付文書をもって、同原告が当選しても議員との兼職は承認しない旨通知した。同原告は、右選挙において当選人となり、同月一五日前原町選挙管理委員会から当選人決定の告知を受け、直ちに兼職の承認願を右局長宛提出したが、国鉄はその受領を拒否した。

(二)  原告中村は、昭和六〇年一一月一七日実施の鳥栖市議会議員一般選挙に立候補の届出をしたが、国鉄は、国鉄九州総局長名による同月一三日付文書をもって、同原告が当選しても議員との兼職は承認しない旨通知した。同原告は、右選挙において当選人となり、同月一八日鳥栖市選挙管理委員会から当選人決定の告知を受けた。

(三)  右(一)、(二)以降、原告らに対し、総裁の承認がなされたことはない。

三1 公選法一〇三条と国鉄法二六条二項との関係について

公選法一〇三条一項は、「当選人で、法律の定めるところにより当該選挙にかかる議員又は長と兼ねることができない職に在る者が、……当選の告知を受けたときは、その告知を受けた日にその職を辞したものとみなす。」としているところ、被告は、国鉄職員も同項にいう「法律の定めるところにより……議員……と兼ねることができない職」に該当する旨主張する。しかしながら、一定の職のみを基準にしてその職を辞したものとみなす旨の効果を画一的に及ぼしている同項の趣意に鑑みると、市(区)町村の議会の議員との兼職の可否については国鉄法二六条二項但書により専ら総裁の承認に係らしめられ、従ってその承認の有無を個別に判断せざるを得ないこととなる国鉄職員の場合は、これに該当しないものといわざるを得ず、本件原告らについては、公選法一〇三条一項の適用はないものと解するのが相当である。

2 国鉄法二六条二項の法意について

(一) したがって、国鉄職員が国鉄法二六条二項によって兼職を禁止される議員等になった場合の法的効果については、国鉄法自体の解釈によって定めるべきところ、「・・・・に該当する者は、職員であることができない。」旨の同項本文の文理をも併せ考えると、同項は、単に議員等との兼職を禁止される旨の国鉄職員の欠格事由を定めたのみにとどまらず、国鉄職員が右議員等となった場合においては、国鉄職員であることができない、すなわち国鉄職員の地位を失う旨の効果をも定めているものと解するのが相当である。

しかして、原告らは、同項但書に規定する市(区)町村議会の議員となった者については、総裁の承認が兼職禁止解除の積極的要件であると解すべきではなく、総裁の適法な不承認があってはじめて、右失職の効果が生じるものと解すべきである旨主張するけれども、しかし、本文で、議員である者は職員であることができない旨定め、但書で市(区)町村議会の議員につき、総裁の承認を条件として右の制限を解除している同項の基本的構造に照らすと、同項は、市(区)町村議会の議員となった職員も、原則として、そのとき、すなわち当選の告知のあったときにその職員たる地位を失い、ただ、あらかじめ総裁の承認を得た場合には、その例外として職員たる地位を失わないこととしているものと解される。

(二) たしかに、労基法七条本文の趣旨に照らすと、一般に、使用者は、労働者が公職に就任することが使用者の業務の遂行を著しく阻害するおそれがある場合に限り、その程度に応じて休職または普通解雇に付しうるにとどまるものと解すべきことは、原告らの指摘するとおりであるけれども、基幹的交通機関としての国鉄の業務の公共性に照らせば、国鉄法が労基法の例外を設け、議員等との兼職につき原則としてこれを禁止し、右議員等となったときは当然に職員たる地位を失うこととしたからといって、それがただちに労基法七条の趣旨に反し、あるいは国鉄職員の参政権を不当に侵害することになるということはできないし、また、国鉄法と、日本専売公社法ないし日本電信電話公社との間で、職員の議員兼職に関する規制の仕方に差異があることも、その業務内容、職員の勤務形態等の相違に鑑みれば、立法裁量上著しく合理性を欠くとはいい難いから、国鉄法二六条二項の解釈に関する前記結論を左右するものではない。

また、原告らは、国鉄が従来、市(区)町村議会の議員の選挙の当選人につき、総裁の不承認があってはじめて失職するとの解釈運用を行なってきた旨主張するが、国鉄法二六条は強行規定であると解すべく、その運用について仮に原告ら主張のような慣行があったとしても、それが同条の解釈を左右することはないものといわなければならない。

なお、原告らは、国鉄法二六条二項但書の「議員である者」との文言を根拠に、同項は、議員の地位の取得が承認に先行することを前提としている旨主張するが、同項但書の主意は総裁の承認を得たものについては同項本文の制限が解除されることにあるのであって、議員たる地位の取得と承認との先後関係まで定めたものとは解されないから、原告らの右主張は採用し難い。

(三) してみれば、あらかじめ総裁の承認を得たことの主張立証のない本件においては、原告らは、当選の告示があった時点で、国鉄法二六条二項本文により当然に国鉄職員たる地位を失ったものといわなければならない。

3  裁量権の濫用について

もっとも、原告らは、本件について総裁が承認しなかったことが裁量権の濫用に該当し違法であることを前提に、このような場合においては、承認があった場合と同様の法的効果が生ずる旨主張するところ、右主張自体の理論的当否はしばらく措き、本件事案の性質に鑑み、総裁が承認をしなかったことにつき裁量権の濫用があったといえるかについて判断することとする。

国鉄法二六条二項の総裁の承認の要件については、同法上何ら定めるところがないから、同法は右の承認するか否かの判断については、総裁の自由かつ広汎な裁量に委ねているものと解される。もとより、同条の解釈においても、労基法七条の趣旨は十分尊重されるべきであり、右裁量が恣意にわたることは許されないといわなければならないが、そうでない限り、右判断はその裁量権の範囲内にあるものとして違法とはならないものと解される。

これを本件についてみるに、国鉄は、原告らが本件にかかる各選挙に立候補した昭和五七年ないし同六〇年ころには、極度の経営危機に陥っており(なお、これが契機となってその後、国鉄が、昭和六二年四月に分割民営化を余儀なくされたことは公知の事実である。)、従来の経営のあり方については厳しい社会的批判が加えられ、また、臨時行政調査会の答申、さらには閣議決定においても、国鉄再建のための抜本的改革が打ち出されるという状況下にあったこと、したがって、国鉄としては、その公共性(業務自体公共性が高いものであるとともに、国鉄の経営危機は、国庫の負担を増大させるものであった。)の観点からも、迅速に経営状態の改善を図る必要に迫られており、職員に対し職務専念が一層強く求められるとともに、業務内容の変更、組織の改変等様々な施策が予想されていたことは前記認定のとおりであって、こうした状況に鑑みると、総裁が、少なくとも抽象的な業務阻害のおそれをもたらす議員との兼職を、今後当分の間一律に禁止するとしたことが、裁量権の濫用に該当するとまでは認め難いところである。

従って、原告らの右主張は、本件原告らに対し総裁が承認を与えなかったことをもって裁量権の濫用にあたり違法であるとするその前提において既に理由がないものといわざるを得ない。

4  以上明らかなとおり、原告らの本訴請求は、その余の点について審究するまでもなく、いずれも失当として排斥を免れない。

四よって、原告らの本訴請求はいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官倉吉敬 裁判官久保田浩史裁判長裁判官藤浦照生は転任につき署名押印することができない。裁判官倉吉敬)

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